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紹介

会長挨拶

                
  この度、和歌山臨床細胞学会の会長に就任させていただくにあたり、ご挨拶申し上げます。
 私ども和歌山臨床細胞学会は、日本臨床細胞学会の独立法人化に伴い、日本臨床細胞学会和歌山県支部から名称を改変しました。現在の会員は100名に満たず、このうち細胞診指導医は約15名、細胞検査士は約35名と、他府県の臨床細胞学会と比べましても小さな会であります。しかし,その歴史は下に記していますように比較的古く、また活動も活発に行ってきました。その伝統に則り、より良い会を作っていきたいと思っております。
 和歌山が生んだ偉人、南方熊楠をご存じでしょうか。スケールの大きな人間性をもった熊楠は、生物学者としてのみならず、自然保護運動などの先駆者、若くして米国や英国で学術研究を行った国際人、あるいは幅広い探求心をもった民俗学者など、現在、様々な観点から高く評価されています。この中で、菌類学者でもあった熊楠は、多数の新種の粘菌の図譜を残しています。熊楠が残した図譜や書簡を見ると、熊楠が教科書的知識に基づいた観察のみならず、新知見を求めた観察を行っていたことが判ります。熊楠が「最高の観察者」と言われる所以ではないでしょうか。また、熊楠は、「学問はいき物で、書籍は糟粕だ」という言葉を残し、書籍に頼る学問を戒め、学問における実践と独創性の重要性を説いています。これからの時代の細胞診を考えると、熊楠のように新知見を求めた細胞観察が大切なように感じます。
 微力ではありますが、会員の皆様とともに、和歌山県の細胞診断学の分野を盛り上げ、引いては臨床現場の診断や治療に貢献できますよう努力する所存です。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。


                    村田 晋一
                   (和歌山県立医科大学 人体病理学教室)

                                2015年2月

役員

平成29年4月1日現在                                   (敬称略、五十音順)
会長 村田 晋一 (和歌山県立医科大学 人体病理学教室 教授)
副会長 井箟 一彦(和歌山県立医科大学 産科婦人科学教室 教授)
吉田 恵 (和歌山労災病院 中央検査部主任)
理事 稲垣 充也(公立那賀病院 臨床検査科)
今井 秀彰(桜ヶ丘病院 婦人科医長)
大石 博晃(和歌山県立医科大学附属病院 中央検査部技師長)
尾崎 敬 (紀南病院 中央臨床検査部部長)
真谷亜衣子(日本赤十字社和歌山医療センター 病理診断科部)
田中 真理(和歌山労災病院 中央検査部)
谷本 敏 (和歌山労災病院 副院長)
坪田ゆかり(和歌山労災病院 検査科部長)
土居 淳子(和歌山市医師会成人病センター)
峰 高義 (紀南病院 中央臨床検査部)
吉田 隆昭(日本赤十字社和歌山医療センター 産婦人科部長)
監事
岡田 雄一(日高マタニティクリニック 院長)
宮木 康夫(日本赤十字社和歌山医療センター 検査部技師長)
執行部会委員  村田 晋一 (和歌山県立医科大学 人体病理学教室 教授)
稲垣 充也(公立那賀病院 臨床検査科)
今井 秀彰(桜ヶ丘病院 婦人科医長)

尾崎 敬 (紀南病院 中央臨床検査部部長)
小島 史好 (和歌山県立医科大学 人体病理学教室)
真谷亜衣子(日本赤十字社和歌山医療センター 病理診断科部)
田中 真理(和歌山労災病院 中央検査部)
谷本 敏 (和歌山労災病院 副院長)
土居 淳子(和歌山市医師会成人病センター)
永井 宏和(和歌山県立医科大学附属病院 中央検査部病理診断部門)
松ア 生笛(和歌山県立医科大学 人体病理学教室)
松本 安子(和歌山県立医科大学 第三内科学教室
馬淵 義也(馬淵医院 院長)
宮木 康夫(日本赤十字社和歌山医療センター 検査部技師長)
吉田 恵 (和歌山労災病院 中央検査部主任)

名誉会員 赤山 紀昭(赤山産婦人科医院 院長)
馬淵 義也(馬淵医院 院長)
矢本 希夫(和歌山労災病院 働く女性健康研究センター 女性診療科部長)
横田 栄夫(関西医療大学 教授)

和歌山臨床細胞学会の歴史

【歴代支部長】

   西  陽造先生  1983年〜1995年
   馬渕 義也先生  1995年〜2012年
   尾崎  敬先生  2012年〜2015年
 
 
【和歌山臨床細胞学会の歴史と活動の紹介】


                            馬渕義也(日本臨床細胞学会和歌山県支部役員)
                                        一部改変(村田 晋一)
 
はじめに
 2015年に、和歌山臨床細胞学会は、日本臨床細胞学会の独立法人化に伴い、日本臨床細胞学会和歌山県支部会から名称変更を行いました。和歌山臨床細胞学会の現在の会員は100名に満たず、このうち細胞診指導医は約10名、細胞検査士は約20名と、他の支部に比べて著しく弱小の支部であります。しかし,その活動の芽生えは比較的古く、また活動も活発で、かつ細胞検査士と細胞診指導医との関係も誠に和やかで、多少自負するところもあります。ここでは,その歴史や活動の大略をご紹介いたします。

T.和歌山県に於ける細胞診の歴史
 和歌山県に於ける細胞診の活用の芽生えは比較的古く、和歌山医大産婦人科学教室の初代教授の故久保健太郎先生の親友が留学中のアメリカで、奥様がスメアテストによって子宮頸癌が早期に発見されたことに驚かれて、細胞診を勧められたことに始まりました。
 久保教授につづいて1970年(昭和45年)に婦人科学教室に着任された故一戸喜兵衛教授は、臨床病理や細胞診断学などの重要性を強調され、医局員全員に一台ずつ顕微鏡を割り当てられ、自らの目で組織や細胞のプレパラートを観させました。このようにして細胞診の重要性が急速に県下に広く普及して行きました。
 その当時、初代支部長となられた西 陽浩先生が和歌山医大産婦人科学教室に入局されましたが、先生は以前より細胞診に興味をもたれ研究されており、一戸教授とともに広く和歌山県に於ける細胞診の普及やその精度管理の向上のために尽力されました。

U.和歌山細胞診研究会の設立
 和歌山医大の故一戸教授が1977年(昭和52年)に北海道大学の教授として札幌に帰られてから数年間は和歌山県に於ける細胞診断学の活動は、多少足踏み状態でありました。しかし毎年発表される悪性腫瘍による死亡率がわが和歌山県は常にワースト上位を占めつづけておりましたので、和歌山県に於ける細胞診の普及と会員はもちろん行政担当者の勉強を目的に西陽浩先生と私が代表世話人となり、横田榮夫先生(現支部監事、元和歌山労災病院副院長)や赤山紀昭先生(赤山産婦人科院長)の両細胞診指導医や、細胞検査士からは宮木康夫(現支部監事、日赤和歌山医療センター病理部)などとともに現在の日本臨床細胞学会和歌山県支部の前身の和歌山細胞診研究会が設立されました。第1回の研究会は、1980年(昭和55年)2月9日に大阪成人病センターの野田 定先生をお迎えして開催されました。その後、南北に長いという和歌山県の地理的デメリットを考慮して、年2〜3回の研究会を可能な限り田辺市や御坊市などの紀南地方でも開催することなりました。

V.日本臨床細胞学会和歌山県支部の設立
 和歌山県細胞研究会は、設立から4年経過して1983年(昭和58年)に日本臨床細胞学会和歌山県支部と名称変更し、記念の第7回学術集会には野田定先生に特別講演をお願いして開催しました。翌年からは椹木勇先生、野田起一郎先生、竹村正先生など多くの先生方に講演をお願いして、学術集会や月例勉強会を開催してまいりました。

W.県下モデル地区に於ける婦人科検診の実施
 前述のごとく毎年発表されるわが和歌山県の悪性腫瘍による死亡率が常にワースト上位を占めていたこともあり、和歌山県の依頼のもとに日本臨床細胞学会和歌山県支部の医師と技師が手弁当で、1987年(昭和62年)から有田郡清水町を、さらに1997年(平成8年)からは伊都郡・花園村のともに山間地区をモデル地区に設定して、乳がんや子宮体・頸がんなどの検診をするとももに、啓発講演を行って来ました。モデル地区に於ける悪性腫瘍のより早期での発見治療はもちろん、広く全和歌山県の婦人のがん検診の重要性の認識向上の啓発にも資するところ少なくなかったことと自負しています。

X.細胞検査士養成講座の開設
 和歌山県に於ける悪性腫瘍による死亡率が毎年ワースト上位を占めていることに対する2つ目の対策として、他府県に比してその数が著しく少ない細胞検査士を少しずつでも増やして行くために、和歌山県の依託のもとに細胞検査士養成講座を1992年(平成4年)から毎年開講しました。講座は宝来威先生や南雲サチ子先生などのご協力をえて、支部会員の手弁当で、6月から8月にかけて毎日曜日(8回)、朝9時から16時まで講義や実習を行っていました。受講生は検査技師を中心に薬剤師、看護婦、主婦に加えて、獣医師などと幅広く、すでに150余名が受講しており、このうち5名が細胞検査士の資格を獲得し、活躍しています。また、未だ資格がえられていないまでも受講生の細胞診断学、臨床病理学などに対する知識レベルの向上に資すること大であったと考えています。

Y.中国に於ける細胞診の普及を目的とした山東医科大学産婦人科と共同で行う産婦人科検診の実施
 1990年年代まで、中国では悪性腫瘍の早期発見を目的とした一次スクリーニングとしての細胞診は未だあまり普及しておらず、また集団検診も広く行われていないのが実情でありました。そこで、1997年(平成9年)秋に私と宮木康夫細胞検査士が山東医科大学産婦人科の先生方を対象に私どもの日常の臨床での、また集団検診における細胞診の実際について講演をさせて頂きました。つづいて山東医科大学の王学長、楊付属病院長、孔産婦人科教授などと協議の上、1998年から3年間、私どもと山東医科大学産婦人科学教室の共同事業として子宮頸がん、子宮体がんや乳がんなどの総合的な婦人科検診を実施しました。検診でより早期の悪性腫瘍や前癌病変、子宮筋腫や卵巣腫瘍また乳房の疾患などの発見によって中国婦人の福祉の向上に資するところ大であったと考えます。また山東医科大学はもちろん、近隣医療施設の医師や検査士、看護婦はもちろん行政の医療福祉担当者などに対する啓発などによって、細胞診が広く中国の日常臨床に普及し、かつてわが国でも先人の先生方の努力によって、集団や個別検診が広く普及し、子宮がん罹患立や死亡率が減少していったごとく、中国に於いても活発に広く検診が行われるようになるものと確信しております。

Z. 和歌山臨床細胞学会へ
 日本臨床細胞学会の独立法人化に伴い、2015年に日本臨床細胞学会和歌山県支部会は、和歌山臨床細胞学会へと名称変更を行いました。従来通りの日本臨床細胞学会の和歌山県支部の役割を果たしつつ、和歌山独自の新しい細胞診の学術的芽生えが起こるよう変革して行きます。


おわりに
 以上和歌山県に於ける細胞診の普及、和歌山細胞診研究会から日本臨床細胞学会和歌山県支部、さらに和歌山臨床細胞学会への発展の歴史や会員の月例勉強会、支部学術集会、県内のモデル地区に於けるより早期の婦人科悪性腫瘍の発見による悪性腫瘍による死亡ゼロを目指した婦人科検診、細胞検査士の養成講座の開設、山東医科大学と共同で実施し始めた中国山東省モデル地区に於ける婦人科検診などの活動について略逑致しました。2015年からは和歌山臨床細胞学会となり、再スタートしたところであります。弱小の支部でありますので今後とも皆様方のご指導、ご協力の程をお願い申し上げます。


トップの画像は和歌山城
   (虫林花山さん提供)




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和歌山県立医科大学・人体病理学教室

が行っています。)